UNI-SQUARE
あのひとの新人時代 第2弾
日系銀行でシゴかれたMLM企業の取締役と
世界最大手の税理士事務所から起業した異色のCFO

UNI-SQUARE 5月号は昨年春に大変好評だった『役員たちの新人時代』をお届けします。冒頭の写真を見て誰かわかったあなたはかなりのUNIVA通!(笑)今号は知られざる役員の新人時代のストーリーをお楽しみください。たくさんの新しいNAKAMAを迎え、新しい部署や役職に就いたNAKAMAも多い春。さぁ、若手のNAKAMAも、もう若くないNAKAMAも、今回登場するお二人から、明日へつながるメッセージを受け取ってください!
そして、「あの人の新人時代を知りたい!」という人がいらしたら、コメント欄にリクエストくださいね!
葉 淙麟(Roger)
ナチュラリープラス香港 董事長
UNP台湾 董事
UNIVA Technologies台湾 董事
作田 陽介
UNIVA・Oakホールディングス グループCFO
ユニヴァ・ライゾーマ 代表取締役社長
父の背中を追いかけて 夢だった銀行マンに

MLM業界で顔が広く、ナチュラリープラス(NP)の海外支店の立ち上げにこの人あり!と誰もが認めるRogerさんが、実は銀行マンだったことを知る人はあまり多くないかもしれません。
「銀行マンだった父の影響で、小さい頃から父のような銀行マンになりたいと思っていました。そして大学卒業後、富士銀行(後のみずほ銀行)台北支店に入行し、営業部に配属になりました。そこからNPに転職するまでの8年は本当に、まるでドラマの世界に入り込んだような職場でした(笑)」
台北支店とはいえ、上司は二人とも日本人。企業風土も昭和の日本そのものだったと言います。
「ある日、4時間分の残業代の申請をしたら『おいおい。君は新人だろう。これは残業じゃなくて勉強だろう』と1時間分しか受理してもらえませんでした。その後もサービス残業や休日返上は当たり前、徹夜もしょっちゅうでした。今振り返ると、仕事というより修行でした。今でいうブラック企業になるのかもしれませんが、当時の銀行はどこもそんな感じだったんじゃないですかね」
上司の風当たりも強い中、若きRogerさんは金融知識を身につけ、多くの修羅場も経験します。
「入社から2年後の1999年に富士銀行は、第一勧業銀行と日本興業銀行と合併してみずほ銀行になりました。この激動の合併騒動を渦中で経験できたことは非常に勉強になりましたね。それはそれはドロドロの権力闘争でしたから(笑)」
まさに“リアル半沢直樹” 冷酷無情な仕事に決別を

その後も得意の語学(英語、日本語、中国語)と金融の知識を活かしてグローバルに活躍したRogerさん。複数の金融機関が協業して企業に資金を融資するシンジゲートローン案件にも多数携わり、銀行業界での視野や人脈を一気に広げました。
そんな超エリートの銀行マンだったRogerさんがNPに転職したのはなぜでしょうか。
「7年目くらいですかね。リストラでかなりの人が辞めて、一人に対する業務の量が莫大に増えたんです。それに加えて上司が個人的によく思っていない企業への貸金の回収を強要され、非常に辛い時間を過ごしました。上司に何度抗議しても聞く耳を持ってもらえず、最後は冷酷無情な回収を余儀なくされました。まさに“リアル半沢直樹”の世界でした。そんな時にNPの募集が目に入ってきたんです」
銀行マンとしてのキャリアを捨てることに躊躇はあったものの、新しいチャレンジをすることを決意したRogerさん。その後も何度か銀行からスカウトされましたが、NPを離れることはなく、20年間NPにその身を捧げてくれています。
「銀行マン時代の経験は、非常に役に立っています。特に、財務諸表から数字の背後にある課題を読み解くのは楽勝ですよ、僕は(笑)。それから、金融の知識やスキルだけではなく、人間関係も銀行で学びました。過去の苦い経験から、社員の福利厚生やパフォーマンスを発揮しやすい環境にしたいという想いは人一倍強いかもしれません」
若いNAKAMAに今 伝えたいこと

Rogerさんの油絵作品
上司からの厳しい教育や過重労働など、今の時代では「パワハラ」案件に該当しそうなRogerさんの新人時代ですが、Rogerさんはどのようにご自身をケアしていたのでしょう。
「当時は油絵を描くことが癒しでした。絵を描くとすごくリラックスできるんです。自分の理想とする絵を、理想的な色で描くことで得られる達成感に助けられていましたね。NAKAMAのみなさんも、嫌なことを忘れるくらい没頭できるものを趣味に持てばストレスを貯めずにすむと思いますよ」
そんなRogerさんの座右の銘はリクルートの社是から引用した
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」です。
最後に、NAKAMAにメッセージをお願いします。
「いつでも遅くないので、惜しまず、自分の力を出し切って、悔いのないように毎日を過ごしましょう!」
Rogerさん、ありがとうございました!久々の夫婦日本旅行、いかがでしたか?奥様と、満開の桜と、素敵な時間を過ごされたことを願っています。
たった3年のサラリーマン人生で学んだこと

大学を卒業後に1年半税理士受験に専念した作田さんは、会計事務所業界で当時、世界のBIG5の1社であるアーサーアンダーセンに入社しました。
「自分が就職できるような会社ではないと本気で思っていました。それなのに入社できたのは、面接官だった役員と偶然同じマンションに住んでいたからなんです。『あそこに住んでいる人に悪い奴はいない』という嘘みたいなご縁で入社できました(笑)。元々ダメ元で受けたので、『他の事務所ではできない仕事をしたい』と大きなことを言ったら、見事に希望が叶い、Transaction Advisory Groupという最先端の取り組みを扱う部署に配属されたんです」
配属先は、投資関係の国際税務、不動産や不良債権の証券化、M&A、投資ファンド、航空機リース等の業務を扱う部署で、クライアントも半分以上は、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレー等の外資系の投資銀行だったといいます。
「若手にもチャンスをくれる職場だったので、興味のある案件には積極的に手を挙げてアサインしてもらいました。とにかくがむしゃらに働きました。職場の同僚は皆プロ意識が高く、プライドを持って仕事をしていたので、お互い刺激し合って切磋琢磨していましたね。1年目は勉強、2年目は8割を理解し、3年目には一人前になろうと、とにかく3年は頑張ろうと思っていました」
繁忙期は朝9時から翌朝の4時までの勤務が珍しくなかったそうですが・・・。
「残業代が基本給の3倍以上になり、100万円近い月給になることも多々ありました(笑)。でも若いうちにハードな環境で鍛えられたことが、間違いなく今の私につながっています。入社当時の私は、英語が大の苦手で。たった3行の英語のメールを書くのに3時間かかったのは今では笑い話です」
「誰も歩んだことのない人生を」

あの3年間がなかったら、UNIVAとのご縁がつながらなかったと作田さんは言います。
「もう20年以上前のことですが、稲葉さんが国際税務に強く、海外から日本への投資に強い税理士を探していました。その条件に合致したのが私だったことで、今につながっています。アーサーアンダーセンを退職する時に『やっと泉ガーデンとお別れだ!』と思いきや、UNIVAグループとのご縁のおかげで、泉ガーデンとのご縁が切れなかったんですね(笑)」
面接の時に言った「他の事務所ではできない仕事をしたい」という言葉によって、税理士の中でも1割未満しか知らない世界を経験することができた作田さん。作田さんが大切にしていることはなんですか?
「私の人生の目標は『誰も歩んだことのない人生を歩む』ということ。そして決断の基準は常に『ワクワク感』です。そうやって歩んできた結果がこれまでのキャリアなんです。外資系の税理士事務所から独立する人なんて、当時は変人扱いですよ(笑)。でも、はじめから私にとって税理士はゴールではなく手段の一つでした。常に税理士以外のビジネスで勝負したいと思っていた私にとって、稲葉さんからいただいた上場会社のCFOのオファーは自分でも驚きました(笑)。こんなチャンスをいただいたことに、稲葉さんに感謝しています」
NAKAMAへ

最後に、NAKAMAへメッセージをお願いします。
「私の若い頃は、1日19時間勤務というハードワークでした。そんな働き方は、今の世の中では許されないと思います。でも、自ら働くこと、自己研鑽をすることは自由です。社会人としての経験は大学までとは違い、何十年も続くもので、日々の積み重ねが最終的に大きな差を生みます。年齢を重ね、結婚をしたり、子どもが生まれたり、親の介護があったりすると、なかなか自己研鑽の時間は取れません。でも、そういったことがない若いうちは、いくらでも自己研鑽に取り組めます。特に若いうちに能力アップをしておくと、レベルの高い仕事を回してもらえるようにもなりますので、更に自分がレベルアップしていきます。私は若いNAKAMAが成長するのはとても嬉しいですし、ライゾーマのメンバーは全員がその気持ちをもって活動しているので、日々の成長がとても早く感じます。これをご覧いただいたみなさんも、自分のレベルアップに悩んでいたら遠慮なくご連絡くださいね」
作田さん、素敵なお話をありがとうございます!